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執筆者の写真奥田 伸行

アメリカ人を魅了し続けたイラストのスター


皆さんはアメリカの雑誌の表紙を描き続けた

代表的なイラストレーターをご存知ですか?

今回はそのノーマン・ロックウェルをご紹介します。




1894年、ニューヨークで生まれます。

ロックウェルは美術学校を出たあとすぐにボーイスカウト協会の雑誌の表紙などを描き始めます。

そして、弱冠22歳でアメリカに大きな影響を与えた『サタデー・イヴニング・ポスト』の表紙に起用されます。そして、雑誌が終わる60年もの間、表紙をずっと描き続けました。

その表紙だけでも300作品は超えています。


そして、ロックウェルの絵は、自分で構想を練り、スケッチをし、それをもとに写真家に100枚ほど撮ってもらい、その写真から絵を描くというものでした。


ロックウェルの絵の特徴として、その巧みな描写でアメリカの理想の家庭や生活像があります。しかし、それはあまりにも現実とかけ離れた理想像のため、批判を浴びることもありました。そして、ロックウェル自身の生活も絵とは程遠いものでありました。

自伝にも語られていたことなのですが、自己中な母親と距離のある父親、そして、二度目の妻の精神障害やアル中による死別も経験しています。そして、自身もまたうつ病になったり仕事中毒にかかったり、三度の結婚をするなど生活面においては理想像とかけ離れていました。



ですが、ロックウェルの不動の人気であり、アメリカのスーパースターの中の一人であり、多くの絵を描いてきました。

しかし、それとは反比例して、ロックウェルの作品はあまり残っていません。

その理由は二つあります。

1943年に起きたロックウェルのスタジオの火事です。

それにより多くの作品が焼失してしまいました。

そして、もう一つは当時、イラストレーターとしての評価はありましたが、その作品は芸術家としての価値として認めてられず、保有されていなかったからです。

コカ・コーラ美術館では、ロックウェルの6作品の広告原画のうち、3作品しか飾られていません。そして、この3作品もまた保有していたものではなく、何十年も探し、ようやく見つけたものでした。

それほど、当時のロックウェルの作品は芸術家としては認められていなかったのです。


しかし、ロックウェルには信念がありました。

それは彼自身が語っていることなのですが、

「私はいつも、自分の作品がみんなから好かれるものでありたいと思い続けている。…みんなが理解し、好きになってくれると私自身がわかっている絵を描いてきたのだ。」と。


ロックウェルはアメリカの理想を視覚化してくれる芸術家でした。

そして、1978年、惜しまれながらこの世を去りました。


ご拝読ありがとうございました。



<画像提供>

『ピンテレスト』


<参考サイト>





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