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執筆者の写真奥田 伸行

ハイヤーセルフの生まれた理由


どうも、こんにちは。


みなさんはハイヤーセルフというものをご存知ですか?

スピリチュアルに興味のない人にはまったくわからないものだと思います。

そして、初めに言っておきますが僕には霊感なんてありません。

そういう存在を実感した記憶もないです。

ではなぜそんな僕がハイヤーセルフを聞いたのか?

それはハイヤーセルフの存在について、ふとある考えが浮かんだからです。



ちなみに、スピリチュアルを否定するものでもないことはご了承ください。


僕はスピリチュアルな世界が好きです。

ですが、半信半疑といったところです。

それは実感も何もなく、ただこういう世界があったら面白いな、という感じだからです。

ですからこういう本を読んでいたこともあり、多少はスピリチュアルの世界も知っています。

では知らない人に簡単な説明をさせてもらいます。

ハイヤーセルフとは、自分とつながり、近くで見守っていてくれる存在だそうです。そして、いつも生きるヒントを私たちに与えてくれているそうです。いってみれば、守護霊みたいな存在です。イコールではありませんが、大雑把にみるとそういった存在です。


ではなぜハイヤーセルフという存在が生まれたのでしょう?


それは自分たちの心の救済から来たものではないか、ということです。

スピリチュアルも本当にあるかもしれませんし、ないかもしれません。

ですが、なかったとしても神のせいにしたり、心の不安を誰かに与え、軽くなるのならそれはとてもいいことですし、そういった意味ではスピリチュアルの世界も大事な存在なのです。

ハイヤーセルフは、ある意味で高次元にいる自分自身と言えます。

そして、ここからは科学の話になりますが、

私たちには、サイコパスという人種がいます。それはご存知ですね。

ですが、サイコパスというイメージだけでは凶悪な人間が出てきてしまいますが、

サイコパスは別に全員が凶悪ではなく、良心的な人も多数存在しているのです。


サイコパスというのは、簡単に言えば共感性が著しく低い人種です。

ですが、逆に言えば、周りの人に流されず、自分のやりたいことができる人でもあるのです。

例えば、出世するためなら平気でうそをつきますし、その人を助けることが自分にとって得になることであれば躊躇せずに助けますし、人を殺すとか人の苦しむ顔に興味のないサイコパスは法を犯すことはしません。

要は、感情を切り離し、冷静に状況を考えられる人種ともいわれているのです。

ですから、経営者、タレント、医者に多いとも言われていて、サイコパスは社会的に成功しやすい人種ともいわれているのです。



そこで思ったんです。

ハイヤーセルフはそのための存在なのではないか?と。


別にサイコパスになるための存在ではありません。


人は自分の感情を切り離す技術が生きる上で必要なのです。

そりゃ、そうですよね。自分の感情にそ振り回されていたらとんでもない浮き沈みの激しい人生になってしまいます。

ほとんどの人が感情に流されずに生きたい、と願っているはずです。


ですから、そこでハイヤーセルフが誕生したのではないでしょうか?


スピリチュアルを信じている人に現実的なことを言っても信用してくれません。

ですが、ハイヤーセルフの存在を知ることで意識するようになります。


先ほども言った通り、ハイヤーセルフは自分たちとつながっている存在であり、言葉を変えればもうひとりの自分といえるのではないでしょうか?

そして、感情は自分にあるものなので、ハイヤーセルフは感情のない自分、つまり客観視する自分であり、自然と感情を切り離した存在になります。


ですから、ハイヤーセルフはそのために生まれた存在ではないでしょうか?


結論をいえばその正解はわかりません。

本当にスピリチュアルがあって、生まれたものかもしれませんし、

誰かが科学的根拠のない時からそういった生きる術を感覚でとらえ、導き出したものなのかもしれません。


ですが、どっちにしても人は自分の感情と切り離す作業は生きる上で不可欠なものだといえます。


ご拝読ありがとうございました。





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